鴛鴦呼蝉庵日乗 2003
  2003.05.03 初夏

 昨日は布団に入る前に、そのまま床で寝入る。3時間後、朝となって起きる。それから背中を伸ばすために布団へ。4時間ほど寝る。午後にお汁粉を食べる。さすが、小豆効果で体は温かい。暑い一日なのに、お汁粉はなかなかいい。そういった一日でした。初夏ですね。鶯の声もここ数日は聞こえませんが、鳥の声はしきりに。土曜日の祝日。久しぶりです。今年は体調回復のため、仕事をかなり減らしました。
 何人から体調のこと心配されましたが、腰の痛みはかなりよくなっていて、たまに痛いと思うときは、無理しないで伸ばしています。

 風邪を引いて、鼻声です。風邪かどうかは不明。でも、こういうときは風邪にしておきます。昨日は葛根湯を飲まなかったからかもしれません。

 新聞で、鬱病について書いてありました。朝日新聞より。
 1 一日中気分がふさぎこんでい。「悲しい」「憂鬱」。希望もないと考える。いらいら。
 2 「楽しみを感じられない」。興味がなくなる。閉じこもる。
 3 食欲がなくなる。食べ過ぎることもある。
 4 寝付きが悪い。目覚めが悪い。
 5 体の動きが悪くなる。口数が少なくなる。動き回る。
 6 ひどく疲れる。何もしたくなくなる。
 7 自分を責める。過去の嫌な出来事を思い出す。
 8 集中力、思考力、決断力、記憶力の低下。
 9 死ぬことを繰り返し考える。
 よく見ると、去年の私の状況にいくつか当てはまってましたね。12356789。いや、すごい。でもその後、薬は使わず、現在では、38ですね。楽しいことはたくさんありますから。当時もそうだと思ってましたが、やっぱり鬱病だったと。もともと躁鬱的な所はあったのですが、これほどよくない年は今までなかったですね。時間が解決するというのは事実。だんだん見えてくるからでしょう。

 自分の生き甲斐、あるいは存在価値が見えなくなると、がむしゃらになって、それでうまくいかないと、結局鬱になります。それが春の意気込み、あるいは期待が空回りすると、五月病として生じてしまう。5、6年前から、そういう傾向を見ることがあります。そういう人と出会い、時には治り、時には悪化していくことを見るにつけて人の心は難しいと感じた次第です。セオリーはないから、個別で対応するしかありません。そういう対処療法によって解決するのですが、それが自分のやりたいことと異なる、つまりカウンセリングマインドというのは、かなり傲慢な相手への思いやりなのであって、それがないとうまくいきません。傲慢である時は、うまくいっても、うまく行かないときは、自己内への追及が始まる。それゆえ、解放していくこと、つまり自己変容が必要となります。自己変容の繰り返しでしょう。それで演繹的に何かを見つけてしまうことは、固まること、それでも文化として安定していればなんともないのですが、人間はそう単純でないので、結局新しいことを求めていくのです。

 休みスペシャルで、どんどん書き連ねました。どうだと思うほど書いても、中身がないから、結局、記憶にも、記録にも残らない。そういうものです。最近は、ここも見る人が増えているようで、いっても、数人のようですが、正しい人数は不明。結局、自分が自己満足で残しているということもありうるので、でも、書いていくことで記録されていく自分の意識というもの、その時の自分の意識を自分で見ていく同時性があります。後からは見ませんからね。自分は。

 最近、買い物は通販を利用することが多くなりました。その理由は、配達時間が遅くなったからです。配達時間が早いと不在となりますが、最近は業者によって、夜10時頃に配達する場合もあって、それは便利です。いろいろなものが送料無料になっているので、いいのですが、その反面、段ボールがたまるという弊害もあります。実は商品を手にとって買うことが好きなのですが、売っている店も少ないのでしかたないところです。また、郵便振込の時間も、以前の郵便局が開いている時間でなくても、夜でも機械で送金できるのがきっかけでもありました。売っている店が少なくっている現在、通販を利用するのは必然になってきたようです。ネット社会の産物なのでしょう。CDや本、その他の雑貨は通販で買うことが多いですね。店で買う方が多いのは事実ですが、その割合が変化したと思います。

 買っていながら、聴いていないCD、借りていながら見ていないDVDを見て、今日を終えようと思います。


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