2002.11.24 連休二日目
 連休で、溜まった仕事を一挙に解決しようとしたのが間違いで、自分の処理能力の低下に気が付かず、結局できたのはやりたいこと、5つのうち一つのみ。だめですな。この調子では何年経っても自分のやりたいことはできないでしょう。集中力がないのはもちろん。それでも以前は集中力はあった気がします。論文もソフトも一日あれば、ほとんど完成していたから。ソフトについては、一日では骨格で、3日目でこまかいUIまで完成するということになりますが。論文は資料を集めるのに時間がかかりますが、ある時点で言いたいことが明確になります。そこから書き始めると、あっという間に完成するのです。40枚だって、3時間もあれば充分でしょう。でも、今は、40枚書くのに3日はかかります。能力の衰えは厳しいものです。

 CDやDVDをリッパーすることは、違法ですが、それでもMDに編集したりしますね。ノートパソコンの場合は、CDを聴くとバッテリーの消費につながりますから、結局吸い上げしてmp3エンコードすることになります。そこを言いたいのではなくて、その後です。そのmp3を聴くことになると、再生ソフトは優秀で、もとの音通りに再現すればいいのですが、イコライザーがありますから、いろいろなジャンルに会わせた音を強調することができます。もっとも音量の違いで、音自体を変えることは出来ません。それで、ロックやクラシックに変えるとかなり原曲のイメージが換わります。ライブハウスやホールにいるような感覚です。音を変えて聴くか、その通りに聴くか。その場面では迷います。音は創り出した人の感覚で成功している。特にミキサーの意識が反映されている場合の曲は、原音に忠実に聴いた方が良いような気がします。でも、やっぱり聴き手は自分に合わせて聴きたいと思う。そう思うのも必然です。その間の葛藤をどうするか。

 だんだん仕事に掛かる時間が増えてしまうと自分のことがすべて劣るような感覚に襲われます。このあたりが一番怖い。自分に自信を無くすことはすべてを否定的に捉えてしまいますから。精神的なダメージを克服するには、自分の心の強さしかないのですが、そこには自分を理解していくれると思う人間を自分の中に想像するしかありません。人は完全には他人を理解できませんし、他人は自分を理解してくれることはありません。ただ、他人は自分を理解してくれるという空想の上に成り立ってるのです。その成り立つ自分の中の他人の像とどこまで対峙できるか。そこが難しいのです。

 正論を突き詰めればその通りです。でも一般は正論でない。その通りにはいかない。正義はわかっていてもその通りにはできない。それが現実。現実と理想の間の葛藤。葛藤というにはまだまだ未熟な考え。しかし、考えは相対的なものだから、他人からみて未熟でも本人には辛いこと。それが分かるかどうかです。

 孤独は、一人でいることがつらいのではなくて、孤独だと感じてしまうこと、そういう意識をもつことがつらいのです。全ては自分の意識なのですが、この意識をコントロールできないから、難しいのです。それは誰でもそう、その苦悩はいつも辛いまま存在するので、その対処はどうしようもないものです。自意識過剰ということばでかたづけてしまうならそこまで。でもそうではないでしょう。きっと。誰もが惱むことだから。そして解決し得ないものだから。

 全てなげうって、新しくはじることができればいいのですが、そうなると過去の自分を否定しなければならなくなります。それもできない。だから現状で最小限で改善していかなければという意識にかられます。

 この連休は、仕事ははかどらず、ただ自分の能力と意識について考えさせられた休みでした。こういう連休はいりませんね。 

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