鴛鴦呼蝉庵日乗 2003
  2003.09.04  四人展準備 
 

 四人展の搬入でした。久しぶりに四人揃いました。作品は朝から昼にかけて作成し、ぎりぎり搬入に間に合いました。日曜日には、四人展のサイトに写真を公開します。今回から会場を変更して、プランタンの前を北へ歩いたスパンアートギャラリーです。1階にありますから、すぐわかると思います。少々狭くはなりましたが、それでも、20数点ほどの作品が集まりました。
2003年9月5日(金)〜9月7日(日)
11:00〜19:00 (初日は11:00から。最終日は17:00まで)
スパン アートギャラリー
中央区銀座2−2−18 西欧ビル1階
03-5524-3060
 岩田も上半期は忙しかったそうで、週に3日はタクシーで帰宅したとか。3時間睡眠の毎日で、受験生並みだと言ってましたが、今の受験生はそんなに睡眠時間は短くないですね。昔は受験競争が激しかったですが、今は、大学の定員も増えて、全体倍率は低いですから。
 9月6日(土)19:20より銀座「やるき茶屋」にて懇親会を行います。参加者は会場に19:00までにご参集下さい。参加費は実費です。
 作品は今回は少し方向を変えて、大分以前に書いた、自己苦悩編にしました。自己改善が出来ていない閉塞状況の人間を描くことでした。もう一つは、写真との共同。写真自体が明るいイメージなので、その背反する内容を付け加えて、表裏性をねらおうとしたのですが、やはり違和感は否めません。

 しばらくの間、私の作品の傾向は、励ましか癒しでした。それが、苦悩になるというは、流れを変えることです。表現していく人は、いままでの自分の表現では満足しませんから、新しい傾向を作ろうとします。しかし、それは見る側からは違和感を受けます。
 以前、鼓童がギャザリングで、現代音楽との融合をはかりましたが、賛否の中で否の意見が多かったですね。演ずるがわら見れば、新しい傾向を作るために、新しい音楽との共同で何かを見いだしたかったのでしょう。
 それは、音楽でもいえまずね。「今度のアルバムは××らしくない」などいうのはその典型です。「××らしくない」という表現です。ここに全てが結集してしまいます。
 見る側は、見る側で相手を一つのモノとして受け取ります。そして、次なる表現も期待を持ち、見る側の意識の枠の中にいるからこそ、その期待に応えて、いい音楽となります。しかし、見る側の意識の枠の中にいないときには、それは違和感を感じます。「最近××らくしない、あがろうか」ということは、期待に応えていないからです。
 書の作品もそうです。違和感を感じて、それに違和感を感じていくのは、期待に応えられないからです。それは、見る側によって、表現者を束縛することにもなりかねません。期待に応えようとして、見る側に迎合します。いわゆる売れ線ですね。それで表現者が本当に表現したいことは、表現できなくなります。
 表現者は自分の表現をしようとしても、周りの目がある限り、結局はその周りの意識を受けてしまいます。自分だけの自分の表現を求めても、結局は、束縛されてしまいます。ここに表現者の壁が存在します。

 作家の心理や状況を作品から考えるのは、難しいことです。作家は、作品を空想の世界から作り上げていきます。空想することは現実の上乗せですが、しかし空想は空想で現実とは違います。作品の虚構性がある限り、作品から作者の状況を読み解くには、作品を超えて世界から見抜くことが必要です。
 作品が暗い作品なら、作者は暗い人物かというと、そうではありません。しかし、作品から作者を限定してしまう、あるいは作品から演技する人を固定してしまうことはよくあります。俳優が他の役をするときに、前の役とすっかり違う役になると、非難されることがあります。違和感ですね。見る側は、独自の視点で演じる側をみるわけですから、その見る側の枠の中でしか存在し得ないのです。
 作品ということと、事実ということは、別であることを前提にして、考える、そこには虚構があり、虚構を虚構として捉えていくことに、意義があるのです。そこに現実があるとしても、それはあくまでも虚構と入り混じった、あるいは、虚構とは別の現実なのです。虚構そのものではありません。
 作品作りをしている側からすれば、作品でその人の価値まで決めてしまうのは、どうかなと思いますね。表現者はいつでも自己表現を考えて、変えていくからです。

 いずれにせよ、すべては周りを意識した、つまり自分の存在が周りによって既定されてしまうような錯覚、呪縛にとらわれているからです。
 呪縛からの解放。しなければいけないという意識が自分を縛っていきます。呪縛からの解放、それは自分の意識からの解放です。

 4:30就寝、7:00起床、2:30睡眠。

 四人展の私の作品です。1作品、写真を撮るのを忘れました。

全てを捨てて歩けるか
すべては心の闇に
変わらない自分を愛せるか

また

同じ

同じことの

くりかへし

戻れない

戻せない

かえれない

思いのままに生きられない
もう一枚、写真を撮るの忘れました。後日ここに掲載します。 縮小して自分は消える

 


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