2004.01.24 森下洋子さん | |||
森下洋子さんの講演を聴いてきました。心ひかれる話で、あっという間の一時間でした。会場がほぼいっぱいだったので、一番後ろで立ち見。遠くから見ても、笑顔がわかりました。話の内容はとりあげたいのですが、略します。でも、ヌレエフやフォンティーンのこと、高円宮のこと、みんな懐かしくて、ああそうだったなということばかりでした。 一番、心に残ったのが、プロとしての意識でしたね。技術の向上のみでは上手くならない。なぜなら、バレエは心を伝えることだから、技術とは心を伝えるためのもなので、技術のみでは心を伝えられないといことです。そのためには、努力を続けていくこと、続けていくことで出来る自分に喜びを感じていくことですね。だから、つらいとか思ったことはなくて、55歳である今でも踊り続けていく、それは喜びを与えたいということと、プロとして、踊るために努力していくことが喜びだというのです。 プロとしての意識は、イチロー選手や中田英寿選手や、そして多くの選手に共通する意識ですね。高校の頃、学校の派遣で王貞治選手のお宅におじゃまして(旧居のほうです)インタビューした時も、プロ意識には共感しました。そう思い出しましたが、荒川博さんへインタビューした時でしたね。荒川さんのお宅でいろいろと伺って、そしてその後、「王ちゃんに聞きたいか」と尋ねられ、はい、と返事をしたのが野崎君でした。そして、荒川さんのお宅から王選手のお宅まで、いそいで行きました。もう夕暮れで、本当は外出予定があったのですが、それを遅らせて30分ほどインタビューしました。あの時の誠実さ、そして筋肉は今でも印象的でしたね。私の太ももぐらいある腕でしたから。だから、あれだけの力があるのだと思いました。その努力については、荒川さんからよく聞いてましたから、本人を目の前にして、迫力がありましたね。ちょうど骨折をして試合に出られない時でしたから、インタビューが可能でした。その時の写真、たしかどこかにあったと思いますが、もう昔のことです。 話したことはないのですが、見たのは、今日の新聞で訃報が出ていたヘルムト・ニュートン。ちょっと見ただけですね。 一言話したのは、リチャード・アベドン。アベドンのたしか初来日でしたか。展覧会のカタログにサインをいただき、そして顔写真を撮りました。アベドンは迫力がありましたね。 迫力と言えば、林忠彦さん。あの巨漢でしたからね。そして三木淳さん。いい話を聞かせてくれました。奈良原一高さんのワークショップもよかったですね。東松照明さんのワークショップも。平地勲さんとは30分ぐらい話したでしょうか。でも、写真のこと、よく教えてくれたのは、その当時読売新聞にいた福島武さんで、報道写真とはどういうのものか、そして写真とは何かを語ってくれました。あれはうれしかったですね。いろいろと将来も考えて下さって、横浜美術館の就職もどうかと行ってくれたのが福島武さんでしたから。結局その話はなかったことになりましたが。 で、森下洋子さんの話に戻ります。森下さんは努力の人で、毎日レッスンを欠かせない。そして、公演が終われば足をアイシングする。翌日はちゃんとレッスンできるようにしていく。公演の日も朝からレッスンをする。そしてオケリハにも立ち会う。そういうプロ意識は、努力があってこそ、自分は何もであるから、そして自分に自信を持てるのだと思います。 そして、森下さんの話を聞いて、元気が出てきた次第です。元気は伝染するのですよね。力とか物理的なものでないから。精神的なものだから。 そうそう付け加えで、立って聞いていたのは実はもう一つの理由があって、午後はいつも眠くなるから、寝ないために、立っていたという事実もあります。 もう一つ付け加えで、知り合いの野村さんが質問して、ああ、そういういいまとめをしていく配慮、さすがだなぁと思いました。野村さんのことは初出場ですが、いずれまた。ここでは、未成年と悪影響のある場合は匿名で、成人で差し障りのない場合のみ、実名にしています。 左まぶたのけいれん。今日はかなりひどくて、朝から晩まで頻繁でした。明日は少し休めるといいのですが、そうもなかなかいきません。金曜までにまとめるしごとがありますので。 3:30就寝、7:10起床、3:40睡眠。 |
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