鴛鴦呼蝉庵日乗
2001.9.2 夫婦関係の三期
   結婚して、夫婦になり、その人生を考えてみると、それを三期にわけることができるのではないかと思いました。
 最初は結婚当初の頃で、あり、若い二人が未来を予想したり、旅行したり楽しい「今」を生きるものです。これを「助走期」と呼ぶことにします。このころは、いつも二人には生活向上や余暇など、いろいろな夢を語ることができ、そして、現実の悩みを話したりします。
 次の時期は、子どもが生まれて、そして最後の子が成人し、結婚して手を離れる時期まで、時期です。これを「一体感期」と呼ぶことにします。二人の間には常に子どもということが頭にあって、子育てをするという共通した体験をもとに一体感を味わうのです。それゆえ、子どもが二人の関係をよりよくしたりします。子育てをしながら、親も育てられるという関係にあります。
 その次の時期は、子どもが育って、二人の所を去り、二人だけの時間を持つ時期です。これを「発展期」と呼ぶことにします。二人は、子どもの話でもなく、夢でもなく、現実の問題を中心に、残された人生を話します。そして、相手が年を取ったことに気づき、昔の理想は消えて、一緒に過ごしたという過去の経験をもとに、これからの二人のことを話します。子育てに向かっていた情熱は、自分のために向かうことになり、散歩をするなど、新しい二人の関係を持つことになります。それゆえ、二人にとっては、「助走期」とは違った夢になります。
 この時期のどこから始まるかで、将来設計が決まります。二人でいる時に、いろいろなことを話す、それができるか、つまり、自分の心の中にいろいろな引き出しがあって、お互いに高めたりできるか、そのあたりが私の理想かもしれません。
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 子どもが生まれて育てることは、楽しいことです。だんだん成長して、いつまでも自分の言うことをきくと思っていると、現実の差に驚きとまどいます。子どもはある時期になると、大人の話をするようになります。そのきっかけを見つけたら、大人の話をします。そして、接し方を変えていきます。それで子どもは家族の中で、大人として自覚します。そのタイミングをつかむこと、それが子育ての楽しみです。
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 子どもが小さいときは一緒にも旅行ができます。小学生ですと、大部分を忘れてしまいます。しかし、五十歳を過ぎると、あの時の親の行動を思い出したりします。親は、子どもと一緒にいたという一体感を味わいたいのです。子どもが高校生になると、もう旅行もしてくれません。話しも合わないこともあるでしょう。大学生になり、また社会人になり、家を出るとそのまま結婚したり、離れてしまうこともあります。子どもが大きくなるということは、親は子離れを体験する時期となります。小さいときから愛情をたっぷりそそいだ子どもは、自立もしっかりします。親も子離れをきちんと理解できるようになるでしょう。子離れの後は、夫婦の関係です。その関係をとりもつというためにも、きちんと子離れする必要があります。
 子どもの成長のあっという間です。あっという間のできごとゆえに、せいいっぱい楽しむことができます。夫婦の関係が「発展期」になるためはに、この子育てという一体感をせいいっぱい楽しむこと、そんな余裕が必要なのかもしれません。
 各家庭には、それぞれの家族の思い出があります。その思い出、愛情、それぞれ違うものですが、そこには昔から通じるものがあると思います。その思いがなければ、私たちは文化を異なるものに仕上げてしまうからです。その家庭独自の親子関係、そこの中には、歴史に埋もれる壮大なドラマがあり、そのドラマは歴史書に記録されない、しかし、そこにいる人々にとっては、かけがえのない、輝きを秘めた、そして、その人の人生の全てに影響するものなのです。
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 9月1日に、こんなとりとめもないことを話して、楽しい時間をもつことができました。それは、偶然、3名の方とお会いしたからです。お一方は前回に記しました花火を見たそうです。なんという偶然(笑)。みなさんは、私の話しを聞いてくださり、いろいろな子育てのことをお話下さり、感謝しております。私は、つい、昼食を取るのを忘れてしまいましたが、それほど、楽しかったのです。その結果、続く会議では、居眠りすることなく、過ごせました。これは、大きな発見。人間は食事を抜くと、眠くならないかもしれません。本当かどうかはわかりませんが。
 わずか三〇分の時間でしたが、お三方との楽しいおしゃべりと、気になる人が努力してその成果を挙げたこと、つらい話を聞いたこと、それと、久しぶりに歩くことができるうれしさと、締め切りに迫られての焦りとが重なり合って、軽い興奮状態のまま、夕刻に散歩をしましたら、最近にない夕焼けで、西の空が赤く光り、少しずつその光の輝きの角度を変えながら、みごとなまでに織りなす景色でした。しばらくその空の模様を眺めていました。散歩したのも久しぶりで、やはり、空を眺めたりも必要であると思い、夕暮れの川沿いの道を、秋の虫の声を聞きながら、深く息を吸い込みました。家では、窓を開けて夕食を取ると、鈴虫がすぐそばで鳴き初めて、ちょっとうれしく、また締め切り原稿に取りかかることにいたしました。

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