今日、ふと感じたことがあります。いろいろその人の能力を伸ばすような話を所々でしているのですが、その時、ふと指導することはその人を伸ばすことなのですが、実際にはその人を引っ張ったりして加工したりしていることはないのではないということです。指導する人はいろいろなアドバイスをします。そのアドバイスが有効であるように工夫するのです。しかし、それは指導者が考えた道を歩ませようとしても、なかなかその通りにはできません。
それゆえ、指導する側はその人に合うとおもう方法を提示し、そして、いろいろな分岐を見せてどの道を歩むかを示すだけとなるのです。その道のうちどこへ進むかはその人次第です。その人が選択できるように情報を整え、道を整え、そしてその人に努力させるようなきっかけをつくることです。
つまり、指導者はいつまでも見ていることになります。見ること、それは見守ることでもあります。いろいろ伸ばそうとしてもそれは、結局は指導者の自己満足になります。それゆえ、指導者は苦悩するのです。自分のしていることが本当によいことなのかと。結局最終判断は伸ばそうとした相手がします。指導者はただ見ていることしかできないのです。そのためにいろいろな選択があること、それを示すことになります。
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