2003.02.09 推察

 「たぶん、そうだろう」という時の心境は「たぶん」であって、推測の世界を超えることができません。それゆえに、あいまいです。それは客観的ではなく、主観的であるがゆえに、推測というの過去の経験を踏まえたものであるがゆえに、未来のことは見通せない。未来ということを想像したときに推測が生じます。推測について、確かである確率を求めること自体が意味がないと思います。起こりうる確率が推測という各種の条件によって起こされるのならば、それは、文化研究としての推測と同じ事になります。
 推察するという行為は、相手の心情を察するに値する行為ですから、相手の心情を察しないで、自分独自の考えで結論を出すことは推察でなく、期待、あるいは希望なのでしょう。推察することにも、そうなってしまうだろうという予感、それを期待と言っていいのですが、期待があるのです。よって、全ては自分の意識のある状態において行われる以上、自分の意識を変えていくことができないかぎり、期待と希望によって推察は成り立っていることになります。

 昨日は、考えすぎた所もあって、自分を殺して企業体としての働きをしてしまったせいで、いやな一日でしたが、今日は比較的単純作業をすることで、楽でした。もっとも、昨日の件の結末は、しばらくかかりますが、一応予定通りの行動となったのかもしれません。作為的な人間ではないのですが、今回に限っては作為的に動いています。それも、かなり周到な計算の本に。たぶん、あと2ヶ月はかかるでしょうね。この事態が収まるまでには。もっとも、一年後のことを考えた布石であることは、まだ誰もしらないでしょうが。

 火曜日にやっと休めそうです。一月から今日まで日曜日は連続、出勤でしたから、そろそろ休まないと持ちません。

 帰りにTSUTAYAでCDとDVDをレンタルしてきました。「ケイゾク特別編」はおもしろいですね。堤幸彦の演出ですが、「TIRCK」も同じ要素、言葉遊びと飛躍と色彩。長時間見るにはつらいですが、気楽に見ると楽しいです。CDは、レベッカ、ハウンドドツク、ミスチル、SOSなど大量に借りてきました。聞きとばしていますが、この調子だと、3日で聞き終わりそうです。ロックでオーケストレーションのものはないかと、探しています。ポップで、声もいいもの。歌詞はそれほど問いませんが。でも、歌詞は大切なんですが。言葉とメロディが一つになって、歌を奏でる。それが一番心にしみるからです。

 締め切りを過ぎて追われていて、寝たのが朝5時。最近、3時より前に寝ることはほとんどありません。風邪を引く暇もありせんが、体調をなんとか保たないといけません。時間の使い方が悪いので、もっと集中してがんばりたいですね。


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