2003.02.14 空回り | |
議論をしているといろいろな細かいところまで注意をしなくてはなりません。特に、学会など多くの人が関わる場合には、いろいろな意見を持っている人のことを配慮しないと、細かなところで意見の違いを生じてしまいます。それを防ぐために細心の注意を払います。つまり、人間関係のための注意であって、よりよい学会運営、つまり学問研究を保障するための運営ではないのです。人間関係というのは第一義的に必要なものであり、そのために細心の注意を払うのですが、しかし、それは目的ではなく、目的のための途中過程、手段です。その手段のために心を砕くことになるわけで、砕くといっても、つぶれるわけではありません。ただ、その最新注意をすることは、学会運営の中心になってはいけません。なるべくようにしてなるのですが、しかしそれではよりよい運営、つまり学問研究や発表に専念できる環境を作ることができません。だからこそ、難しいのです。どこの学会でも人間関係が問題になります。なぜか。それは学問研究が科学的でなくて、感情だからでしょう。 もう、2月も半ばとなりました。そして、14日。あちこちでチョコレートが配られ、そして告白ならぬ感謝のことばをいただく。毎年この日は至極、身の振る舞いに困ります。いただくのはうれしいのですが、どのような反応をしていいのか、そして、私はいただくだけのことをしていないのに、いただいてしまう、そのジレンマです。十分なことをしていないのに、いただくのは気が引けます。過剰なる感謝は時として反省事項になります。自分は果たして相手に十分なことをすることができたのか。その点です。うまくいくことはほとんどありません。でも、好かれるためにしているわけではないので、人気や好かれることを期待してはいないのです。むしろ、嫌悪、拒絶されるようになっても、相手が成長すること、私自身を乗り越えていくことを望みます。だから、私の同じレベル、あるいは私の講義する内容をそのまま受け入れてしまう人には、かなり注意をしています。それは洗脳に近いからです。常に私を乗り越える、私の矛盾を乗り越えて、そして自分の矛盾、自分の偽善を乗り越えてもう一段階高いところへ登っていく。そんなことを願います。自分のプロトタイプを作るのでは意味がないのです。自分とは異質の存在が、異質のまま成長していく。異質でありながらも、より違う視点で物事を見ていくことができる、そんなことが目標です。私という価値観を乗り越えて初めて、私とは違う他者の存在として認められるのですから。 ViaVoice10を買いました。音声入力を再びするためです。以前のVoiceATOKでは認識の悪さとスピードの遅さに閉口しましたが、今回は期待しています。手の疲れの時には音声認識でがんばりたいと思います。それと、Arrange data Techno & acid のプレゼントが当たりました。でも使いこなすには時間がかかりそうです。DTMもcgiもCGも興味有る所ですが、時間が不足してます。 久しぶりにソフトのアップをしました。といっても、すでに公開していて、Vectorの方にアップしていない分を公開したものです。その理由は、インストーラーを最新のものにしたら、WindowsInstallerを経由していることになっていて、そうなると、OSのバージョンごとにビルドが違ってしまいます。それで、以前のバージョンに戻すのに時間がかかってしまったのです。やっと昔のバージョンのインストーラーで作成しましたので、どのOSのバージョンでも共通にインストールできるようになりましたし、ファイルサイズを小さくできました。それでVectorにも公開することにしたのです。 その他は、Delphiマガジン27号、「日本文学」2003-2 が届いていました。帰りにTSUTAYAで借りたCDは LUNA SEA のいくつか。ZIGGYを探しましたが、ありませんでした。で、「D」はいつデビューなのか知りたいですね。 |
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