中越地震の被害、広がるばかりで、そして避難している状態も大変な中で堪え忍んでいます。自治体という組織がある以上、自治体にまかせることもありますが、ボランティアとして支援することもあります。行政としては国が予算で支援したり、自衛隊やさまざまな派遣で復興をすすめています。
こういうとき、ふと思うのが、緊急避難ですね。新潟で地震が起きていますから、その期間、たぶん一週間ぐらい離れて、地震のないところで過ごした方がいいと思います。自分の土地を離れることは心苦しいですが、いつまた地震があるかわからない状態よりも、遠くではあっても、地震のおそれが急にはないところで、1週間ほど過ごすのがいいと思います。で、それはどこにあるかというと、なかなかありません。ただ、公営でありながら、閉鎖してしまった宿泊所、ホテルや、裁判所管轄になっている旅館・ホテルなどに簡単な修繕をして、住めるようにし、そこに一時的に避難するいというものです。災害救助法や法整備が必要ですが、でも、こういうとっさのときは、超法規的に裁判所や行政管轄の差し押さえ物件を、臨時に宿泊施設として半年ぐらい開放しても、困ることはないでしょう。もしそれで困るなら、そういう行政を改めるべきだと思います。
そのための多くの人々の移動費は行政負担として復興費から出す。そして、その期間は住民がいませんから、集中して工事をして復興し、ライフラインの復興とともに、住民が復帰して、各自の家の後始末をする。家が崩壊した場合は、復興の時に仮設住宅を設置して復興するまで、そちらに住む、そういう臨機応変な対応が求められると思います。
阪神大地震の教訓から、被災者の避難先の生活を保障するのが急務です。そして、被災にあわなかった地域では、避難所の整備、ヘリポートとして利用できるりような広場の設置など、災害に対する配備が必要です。民間機は指定場所以外の離発着は禁止ですが、こういう時は、臨時発着場所を指定して、そこにボランティアとして食料などの運搬をしてもらうなど、そういう体制も必要かもしれません。
近隣の大学では2週間ほど休校にして、ボランティアに行くことで、単位取得の用件とすること、あるいは、教職希望者はボランティアとして働くことなど、そういう体制作り、ただしこれは義務的になりますから、あまり効果はありませんが、行政も自治体の枠を越えて、早期復興できるような体制ができるといいと思います。道路復旧もあちこちからの工事会社から一斉に着手して、とりあえず通れるように簡易舗装でいいわけですから、対処していくようにして、多少、各自治体の公共事業が遅れても、新潟へ集結して復興すべきではないでしょうか。それは、いつかめぐりめぐって自分の自治体が被害か被害を受けたとき、援助してくれることもあります。阪神大震災のときに十津川村が明治の時の恩を思い木材を送ったこともあります。それとおなじようにしていくこともあります。
5:00就寝、7:10起床、4:10睡眠。
朝食、ごはん、梅干し。昼食、おにぎり1個、みそ汁。夕食、ごはん、みそ汁、冷や奴、あさりバター、サラダ。夜食、なし。
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